分断を超える

立場が違っても、次に誰が何をするかが決まるところまでやります。

図解総研は、複雑な情報や概念を図解という手段で可視化することを通じて、多様なステークホルダーが意思を共有できるような環境づくりを支援しています。

物事の捉え方は人それぞれです。図解は人の認識を揃え、対等にコミュニケーションするためのインフラとして機能します。話し合いの場に図解があることで、そこに集った人の目線と思いが揃い、物事を前に進めることができます。

Purpose / パーパス

分断を超える

私たちは、複雑な社会の仕組みを図解にしてきました。その現場で何度も見たのは、意見が二つに割れて、その二つしか見えなくなる場面です。本当は、間に考えるべきことがいくつもあります。この状態を、分断と呼んでいます。

分断とは
敵と味方という安易な二元論に陥ることです。

どちらが正しいかを決める話にすり替わり、それ以外の見方が視野から消えてしまう。立場の違いそのものではなく、違いを二つに切り分けてしまう見方のことを指しています。

超えるとは
立場や考えが違ったままでも、同じ構造を見ながら話を進められるようにすることです。

違いをなくすことではありません。分かり合えないところは残ったままでかまわない。それでも、何がどうつながっているかを一緒に見られれば、次の一手は決められます。分断を消すのではなく、その上を行き来できるようにする。私たちが引き受けるのはその役割です。

生まれや背景による格差は、どこかに必ず残ります。それを完全に溶かせると考えるのは誠実ではありません。私たちが引き受けるのは、その前提の上で何ができるかです。

二元論に陥るのは、全体の構造が共有されていないからです。だから私たちの仕事は、その構造を誰もが同じように見られる形にすることになります。

向き合う相手は、強い立場の人でも弱い立場の人でもなく、二元論という様式そのものです。対立軸ばかりを探し合う状況では、強い側も同じ様式に閉じ込められています。誰が得をしているかではなく、誰もが損をしている構造がある、という捉え方をしています。

分断を超えるまでに、わたしたちがすること

何が起きているかを、そのまま出します。都合のいいところだけを選びません。ただし出しただけでは、読む余裕のある人しか読めません。知識の有無で声の大きさが決まる状態は変わらず、かえって差が開くこともあります。

だから、出したものを誰もが同じように見られる形に組み直します。前提の知識がなくても入れるようにします。それでも、構造が片方の持ち物なら相手は乗ってきません。「あなたの整理でしょう」で終わります。

そこで、つくった構造を相手に渡します。こちらの持ち物にせず、相手が自分で使えて、自分で直せる状態にします。見えることと分かり合えることは別なので、渡して終わりにもしません。

目指すのは、立場が違ったままでも次の一手が決まることです。違いをなくすことは目指しません。どこで詰まっているかを名指しでき、次に誰が何をするかが決まる。そこまで一緒に進みます。

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